道路であいさつ13年!テレビでも放送された”敬礼おじさん”の思いとは?【下本杉一さん】
寿司屋を73歳で引退した後、自宅前に立って、朝と夕方、13年にわたって通行する人や車にあいさつを続けている下本杉一さん、89歳。敬礼おじさんとしてテレビ番組で紹介されたこともある彼が見つけた居場所とは?人との関わり方とは?
「他にするこつ、なかもん」
早朝5時半から8時45分まで、夕方15時半から18時までの約6時間。山本町の県道沿いに住む“敬礼おじさん”こと下本杉一さんは、この13年間、家の前を通る人や車に敬礼しています。
なぜそんなに続けられるのかを聞くと、杉一さん(敬意と親しみを込めて、あえてこう呼びます)は「他にするこつ、なかもん」と、身もふたもない。
少し間を置いて、杉一さんはこう続けました。「おいちゃんはね、毎日2000人と会いよると。あいさつして心ば交わしよるもん」。
杉一さんが経営していた寿司屋の建物は今も自宅敷地内に残っています。店の前でこれまでを振り返りながら話してもらいました
杉一さんは元寿司屋。市中心部で16年、山本町で20年、多くの人に愛されたそうです。杉一さんがあいさつを始めたのはなぜか尋ねました。
「商売しよる間、地域の役ば先送りにしてもらっとったもん。73歳で店を畳んだけん、区長ば引き受けたたい。通学の見守りばしよったら、子どもたちの声は元気ばくれるもん。やけんおいちゃんも、『学問ばせやんぞ』『将来は何になるかー』とか声かけるようになってね。激励したりされたり。それがきっかけやろうね」。
ところが、それから2、3年で通学路が変わり、杉一さんの家の前を通る小学生が激減しました。
「ここに立っとる意義ば何か見つけんと、ち思たね(笑)。ある時、保育園の送迎の車が行き来しよることに気付いてね。手を振ってみると小さな子どもが窓を開けて手を振ってくれて。でもね、よーと見たら、かわいかお母さんもおろうが。今度はそっちにも手ば振り始めたたい」。
隣の家に住むおばあちゃん(左端)は、杉一さんにとって妹のような存在。この日の夕方は、杉一さんが飼っている犬を目当てに集まる子供たちが訪れ、みんなでふれあいの時間が流れました
しかし、少子化の波か、保育園の送迎の車もだんだんと減っていったそうです。「それから徐々に全部の車や人にあいさつするごつなったたい。じゃなかと、おいちゃんがここに立っとる意味が無くなるけんね(笑)」。
あいさつが敬礼ポーズになったのは、この頃だったそう。「車いすの妻と一緒に手を振ると、『止まってくれ』のサインと勘違いされて」。 杉一スタイルの完成です。
人との距離感の「良い塩梅」
1日に会う約2000台の車のうち、反応してくれるのは2~3台に1台といった感じ。「応じられようと応じられまいと、おいちゃんは一台一台に敬意を送りよる。心が通じとるち思うもん」と杉一さんは話します。あいさつは、お互いを理解する原点で、平和になるための根っこだと信じているからです。
「あいさつは“あなたに害は与えない”という距離でできる心の交流やろ。寿司屋の時はたくさんの人と会いよったけど、辞めたらそうはいかん。でも、良い塩梅の人との関わり方ば見つけたけんね」。
デイサービスから帰ってきた奥さんと一緒にあいさつする時間も
支えられる側になることが多い高齢者。杉一さんは、子どもたちの見守りや多くの人との心の交流に、自らの役割と居場所の一つを見出しました。
杉一さんは数年前、腰を痛めたことがありました。「椅子に腰かけてあいさつしよったら、何人もの人が『おいちゃん、どげんしたとね』『大丈夫ね』と言ってきてくれてね」。見守りながら見守られる。自然な形で心を通じ合せる関係が、山本町にあります。
(担当・フトシ)
「昔はどこそこ行きよったもんな」。足を悪くした奥さんのために、庭にたくさんの花を植えたと話します