障害があってもなくても。地域で暮らす存在を感じ合えるカフェがオープン
久留米市役所のすぐそば、100年以上続く小売店や卸問屋が並ぶ「あきない通り」に「日々+カフェ」はあります。知的障害のある人の働く場として、そして「あらゆる人の自然な接点に」という思いで、令和5年11月に誕生しました。
「店内もだけど、黄色と緑のエプロンもおしゃれでしょ。会員の手作りなんです」。「久留米市手をつなぐ育成会」代表の藤野薫さんは笑顔を見せます。同会は、障害のある子と親が地域で安心して暮らすために活動しています。集いの場を市内3カ所で運営し、それぞれ利用できる対象者や年齢、開いている時間が異なります。 「誰でも好きな時に行けて安心できる場所を」、「地域で暮らすいろんな人の接点に」という思いから、名前に「毎日にちょっと+(プラス)を」という意味を込めたこのカフェを開設しました。
冒険だけど地域に出てみた
カフェの前身は「あすなろ共同作業所」です。市総合福祉センターの2階で約?40?年間運営され、利用者は線香の箱詰めなどの作業を行っていました。「安心できる環境でしたが、一方で課題も感じていました」と藤野さんは話します。「昔は差別や偏見も根強く、障害者が地域で暮らすハードルは今より高かった。そういう時代背景や立地もあって、人の出入りは少なかったんです。でも、やっぱり地域で暮らしていくためには、いろんな人と接することが大切だと考えました。だから、冒険だったけど街中に出てきたんです」。
カフェには通常5人ほどが勤務しています。メニューはコーヒーと紅茶、お茶菓子。火曜から木曜まではランチも提供します。障害のあるスタッフが主にホールを担当。注文、配膳、後片付けなどをします。同会会員がランチの準備や金銭管理など運営面を担います。
ホールスタッフの中で、塚本純弘さんはリーダー的存在です。注文が入ったら、豆をドリッパーに入れ、手際よくコーヒーを淹れます。「私はコーヒーマスター。出勤したら掃除して、お湯を沸かして、お客さんを迎える準備をします。ここに来るのが楽しみ。おしゃべりしながらみんなと仕事できるから」と塚本さん。藤野さんは「塚本さん、お客さんとも楽しそうに話してるもんね」と顔をほころばせます。
意識しないと見えない「すきま」
障害のある人が暮らしていく上で避けられない「親なき後問題」があります。「すきまの支え合い」でこの課題に向き合う同会は、やはり人との接点が大切だと訴えます。
知的障害のある江頭忠幸さんは、平成29年に母を亡くしました。翌年には父も入院し一人暮らしに。週3回のヘルパー派遣と月2回の訪問看護が入ります。令和5年10月にはその父も亡くなり、今は、江頭さんの家計管理を市社会福祉協議会が担っています。
同会理事の西村郁子さんは、「江頭さんはかなり自立して暮らせる人。それでも暮らしの中で、『ちょっと難しい』という事が潜んでいるんです」と言います。「昨年末、江頭さん宅の冷蔵庫に異常が起きました。訪問看護の人から連絡があって、それはもう爆音だったみたいで。ところが、江頭さんはそれまで何も言ってこなかったんです」。病院を受診するときも、症状を伝えたり、先生の説明を理解したりするのにハードルがあります。季節に応じた生地の服を選ぶなど、その人の暮らしを意識しないと気付けないちょっとした難しさこそが「すきま」。そこに気づける人が周りにいれば、自立して暮らせる可能性は高まります。
江頭さんは「やはり自宅が落ち着きますね。漫画を読んで過ごす時間が多いです。1人カラオケに行くこともあります」と話します。一方で、民生委員や自治委員との関わりはしっかりと。「掃除や草刈りなど、地域活動には毎回出ているみたいです。障害があるといろんな難しさから内にこもりがち。同じ地域で暮らす人と関わりがあるのは大きいですね」と西村さんは実感します。
みんなに優しくなれる
カフェ工事中のことを藤野さんは振り返ります。「近所の人から『何ができるの?』と聞かれて。少し緊張しながら『障害のあるスタッフと共にカフェを開くんです』と伝えました。そしたら『誰でも来ていいとよね?近くの喫茶店が閉店しておしゃべりの場がなくなってたのよ』と言ってくれて。うれしかったぁ」。
藤野さんは、障害への理解が進んでほしいと願う一方、いろんな人が自然体で接していければそれで良いと言います。「『障害者と触れ合って』ばかりを伝えるつもりは、あまりなくって。これまで一人一人と向き合って、いつの間にか『困っている人にはできるだけ関わろう』とシンプルに思うようになっていたんです。すきまって障害者だけの話でもないし。カフェや『障害』を入口に、いろんな人が暮らしているということを感じられれば、人に優しくなれるかも。私がそうなれた一人だから」。(担当・フトシ)