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「斜めの関係性が生むもの」こそ存在意義。住職と坊守が続ける居場所づくり

11月4日、耳納連山の麓、田主丸町に手作りのアスレチックパークが出現しました。「くものこパーク」を開くのは、雲遊寺の住職・井波昭信(しょうしん)さんと坊守の井波春奈さんです。2人の地域の居場所づくりへの思いを聞きました。

遊びながら生まれる交流


くものこパークの風景

14時にオープンしたパークにだんだんと家族が集まってきます。「行くよ!」と勢いよくターザンロープを楽しむ小学生。幼児が保護者に見守られながらタイヤブランコを揺らす。ロープで作った橋を渡って遊ぶ子もいれば、焚き火をじっくり育てる子も。

火おこしをする子どもたち。前日の雨で薪が湿っていて着火に苦戦していました

 この日はボランティアの高校生手作りのクイズラリーが準備されました。隣接する境内に問題を隠し、「〇〇さんの下の名前は?」などスタッフと話さないと解けない問題を入れて交流を生む工夫が。全問を解くと絵本の名前が浮かび上がり、広場に出された本棚から答えの絵本を見つけます。答えとよく似たタイトルもあり、油断できません。

クイズラリーの用紙を配るコーナー

 友達でも初対面でも、幼児から高校生までがパークを通じて仲良くなり、焚き火で一緒にマシュマロを焼いて食べました。側では保護者同士が世間話に花を咲かせていました。

大人気のターザンロープ(ジップライン)で遊ぶ子ども

知識が知恵になる経験を

昔から雲遊寺では子ども会が開かれていました。井波さん夫婦は平成?16?年、地域に開く私設図書館「雲の子文庫」を本堂に作り、そこを中心に中高生の自習室や大人のおしゃべり会など、地域の人の集いの場や居場所を開くようになりました。令和5年7月、竹野校区で起こった土石流災害の後、田主丸アリーナに災害時の子どもの居場所「この指とまれ」を開設。「前倒しで夏休みに入ったけど保護者は仕事や復旧作業で余裕がない。子ども達も不安やストレスを抱えているはず」と、安心して過ごせる居場所を作りました。

井波さん夫婦。アスレチックは全て昭信さんの手作り。今回の準備には3日かかりました。「いろんな制約があったコロナ禍の頃に2ヶ月に1回ずつ外の催しを開くようになって。徐々に遊具のパターンも増えました」。春奈さんの活動のモチベーションは、幼少期に家庭文庫が根付いた地域で育った経験と、結婚当初の孤独感だったと話します

昭信さんは経験の大切さも訴えます。「今日みたいな屋外イベントでやる火遊び企画が人気です。普段はダメと言われることができますしね。やっていて分かったのが、一人で火を起こせる子はほぼいないということ。中にはマッチのすり方を知らない子もいました。季節によっては災害時に火は大切な存在。こうした機会に楽しみながら経験すれば、単なる『知識』が、役に立つ『知恵』になりますから」。

マシュマロをあぶって食べる子どもたち

「想定外」が自然発生的に

 春奈さんは、活動の告知は主にSNSを使います。企画ごとにアイコンを作って、できるだけ分かりやすく入り口を作ります。「最近はみんなが様々な情報に触れているからか、はっきりと好きなものだけを選ぶ傾向にあります。グレーというか、対象や目的がぼんやりとした催しには目が向かない。それが悪いということではないんですが、あまりはっきりとしていない方が良いなという思いもあって」と春奈さん。

活動紹介のチラシ。アイコンを使い分かりやすさを大切にするのは参加者の視点からも。「雲の子文庫は常設だけど開館告知を流します。『いつ来てもいい』だと来にくいから。どうしたら来やすいか考えます」

 「私たちが活動で大切にしているのは『斜めの関係性を生む』ことなんです」。学校で接するのは先生や同級生。家では親、塾では同じような年頃の人。「そういった『縦』や『横』の関係性を担保する場所はある。だからこそ、そこをあえて緩やかに『誰でも何でもOK』にすることで、我が子、我が親以外との関係が生まれる。クロスした関係の中で普段できない話ができて、何かが横道に逸れ、思ってもいない出来事や関係性が生まれたり。こうした自然発生的な要素こそ、私たちが思う居場所の存在価値だと思っています。だから、入り口は白黒分かりやすく、運営は余白を持って『グレーに』みたいなイメージで」。
 子ども会に付き添っていた保護者が「私たちもケーキ食べたりおしゃべりしたりして楽しもうか」と大人会がスタート。雲の子文庫に来ている子どもたちが自発的に学習の場を生み出すなど、想定外の自然発生で活動が広がってきました。

「大人が楽しんでいないと子どもも楽しめない」と考える春奈さん。保護者とのおしゃべりもしっかりと

続けると「帰ってくる場所」に

 活動を始めて?20?年。「もともと絵本とおしゃべりが好きなんですよ」という春奈さん。「結婚で田主丸に来た頃、人との接点も図書館も近所になかった。ならば作ってしまおうと思って」と振り返ります。「雑談って特に目的はないけど、思わぬことに出会える面白さがある。そこに欠かせないのは人。そのきっかけになる場を寺に作ったんです」。

雲遊寺子ども会の一環で、防災について子どもたちと一緒に学ぶ場を開催。10人ほどが集まり、春奈さんの話を聞いた後、非常時に役立つ防災ボトルを作りました

 活動を続けていると、嬉しい機会に恵まれると昭信さんは話します。「遠方に移り住んだ子が出産のタイミングで来てくれたり、子どもの頃に来ていた子が今度は自分の子を連れて保護者として来るようになったり。成人式の後に晴れ着を見せに来てくれた人もいるんです」。
 居場所は「今」を受け止めるだけでなく「将来の帰ってこれる場所」にもなる。そのため井波さん夫婦は、みんなのための、そして自分たちのための居場所を開き続けます。
(担当・フトシ)

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