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高齢者×IT。その界隈で、

スマホが広く普及し電子決済が主流になりつつある中、高齢者にはついていくのがなかなか難しい部分も。高齢者とITというテーマで取材に出てみると、その界隈にはいろんなストーリーがありました。2つの事例を紹介します。

老舗呉服店が電子決済を導入

「お待たせしました!」。楢原史子さんは商店街の歳末福引の当番から息を切らせながら店に戻ってきました。取材は令和6年12月下旬。北野町で創業100年を超える「楢原呉服店」を切り盛りしています。

楢原史子さんと母で店主のミヨ子さん。同店内で撮影

 常連客の多くが高齢者。それでもプレミアム付き商品券の電子版「がんばるペイ」を導入しました。「80歳台になる池田さんというお客さんが『今年は電子版を買ってみようかな』って言い出したのがきっかけ。その便利さは知っていたので良い機会でした」。
 楢原さんは、池田さんのスマホにアプリを入れるところからサポートしたそう。「アプリって言われても、年配の人はイメージが沸かないですよ。ダウンロードから購入申し込みまで一緒にしました」。当選すると「次は現金をチャージしないといけないので一緒にコンビニへ」。楢原さんの車で行きました。聞くと、他のお客さんの送迎やお使いも時折行っています。「お客さんにも免許返納している人が増えました。福引に行きたくても行けないと言われて、代わりにガラガラを回しに行ったこともありましたよ」。

北野町の加盟店で使えるがんばるペイは久留米東部商工会が発行。商工会も電子版導入を呼びかけていますが、商店街の客層は高齢者がメイン。導入が進みにくい状況があるようです。「確かに難しいけど誰かがサポートすれば何とかなる。それに商品券は500円単位とか1000円単位でしか使えないけど、電子版は1円単位で使えて便利ですし」と楢原さん
年明けに再び取材に行くと、楢原さんは常連らしき人と談笑中でした。「父の時代からのお客さんなんです」と紹介。ホークスの話、孫の話、食事の話。筆者が滞在した1時間を過ぎてもまだ話は終わらない。がんばるペイの話に及ぶと「私もしてみようかね」と乗り気の常連さんに「本当に便利。教えるよ」と楢原さん

日常の関係がIT化を後押し

 「田舎の商売は顔ですから」と楢原さん。今でも「ツケ払い」が成り立つなど、商いの形から距離感の近さと信頼が表れます。「そういう関係になると『今度入院するの』とか『長く家を空ける』とか暮らしの状況をポツポツと話してくれるんです。聞くとできることはしてあげたくなる。いつの間にか友達みたいな感覚になってて」と暮らしの重なりが生まれています。
 しかし、現実はそううまくいかないもの。「コロナ禍でお客様は一気に減りました。外出自粛で体力が落ちたり認知症を発症したりで、自力で買い物できなくなった人が多くて」。そういうお客さんへの配達も行います。「行くと『上がっていかんね』ってなって」。一緒にお茶を飲んで気づけば1時間超えということもしばしば。「すごくタイパの悪い配達。でも帰りに野菜をいただくこともあって、食費は浮いて助かるの」と笑います。

お客さんが押してきたシルバーカー。「お店に来れる人はまだいいけど・・・」と楢原さん

 高齢者が電子化のきっかけをつくった背景には日常の関係性か、と考えている私に、楢原さんのお母さんが湯飲みを運んできました。「お客さんに天満宮の飴湯をいただいたの。甘いのは大丈夫?」。立ち上る湯気から漂う生姜の香りに包まれながら栄養補給。お母さん、ごちそうさまでした。

カフェコーナーに「ご予約席」

 温まった体で次の現場・ファミリーマート久留米宮ノ陣店へ。カフェコーナーで高齢の皆さんが談笑していました。テーブルには手作りの「ご予約席」の立て札。コンビニで予約って、と思っていると「こっちこっち!」と私を呼ぶ声。ここでスマホ初心者講座を開催する江上憲一さんです。

カフェコーナーの大半が貸し切り。「平日14時から16時は客が少ないそうで。その分、参加の皆さんには無理のない範囲で買い物をお願いしています。なるべくウィンウィンにね」

 第4金曜の14時から15時30分まで、近くに住む高齢者が対象です。メニューには「文字入力の仕方」「LINE(ライン)の活用」「カレンダー機能を使う」など30項目。その日に学びたいものを参加者が選びます。指導するのは江上さんとサポート役の田中建一さん。この日はLINEの「友だち追加」「グループの作り方」が中心でした。「わー、なんか友達が一気に増えてる!どうして」と一人が慌てています。どうやら「友だち自動追加」を押してしまった様子。「友達追加するからQRコードを出して」「どこから出すの?」と矢継ぎ早に質問が。江上さんたちが丁寧にサポートします。

江上さんが毎回作成する講座メニュー。「終わった後には参加者に『解決しましたか?』と聞いています」

 実は当初は、認知症カフェの開催を目指して活動が始まりました。仕掛け人は樋口寿さん。生活の動線上にあるコンビニなら人が集まりやすいのではと、令和4年の春頃に同店オーナーに相談。すんなりと会場は決まりました。「なかなか人が集まらず、私にサポートの要請がありました」と江上さん。「認知症カフェって人集めが難しいんです。そこで多くの高齢者が苦戦するスマホを切り口にしました」。最初は2、3人の参加でしたが、「コンビニの入口に貼ったチラシや参加者からの口コミで徐々に参加者が増えました」と、今は指導役も含めて10人近く集まります。

参加者は宮ノ陣に住んでいる人が中心ですが北野町など近隣地域からも来ています。江上さんは「私自身、別の場所で認知症カフェとスマホ講座の両方をやっていますが、スマホを入口にした方が人が来やすいですね。そこは意図的にやらないとね」と話します

 昨年、樋口さんが認知症の診断を受けました。「きっかけがスマホでもこうして人が集まれば、自然と認知症カフェの機能も持ちますよね。それで十分価値があることだと思うんです」と江上さん。樋口さんは今も主催者の一人として参加しています。

「ご予約席」の立て札は店のオーナーが用意してくれたそう

 買った巻きずしを頬張りながら取材していると、「ねえ、この赤いマークはどうやって消すの?開封して大丈夫?」と質問され、自然と私も指導役に。ふとコーヒーマシンの方に目をやると、出来上がりを待つ客がこの光景を眺めていました。  (担当・フトシ)

認知症カフェへの思いは今も変わらない樋口さん。見せてくれたのは昨年11月、「オレンジ協力隊」ののぼり旗を同店前に掲げた時の写真。認知症を発症した人や家族も暮らしやすい街づくりに取り組むチームのPRのためです。 身近な場所に活動があれば、いろんな人が関わるきっかけに。「認知症になっても安心して暮らすには『互いに知る』ことが大事。そして進行を遅らせるには、人に会ってあいさつして話しをすることが大事なんです」と樋口さん。


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