宅配弁当に手紙を添えて13年。もしもを守る、いつもの関係
配食サービスを行う「宅配クック123(ワン・ツゥ・スリー)」は弁当に添える献立表に約460文字の「手紙」を書いています。内容は時事問題や季節の話題から、芸能ネタ、スポーツ、地域の風習や伝統行事とさまざま。正月を除き13年間ほぼ毎日掲載し、北原辰水さんはそのほとんどを執筆しています。「高齢の利用者さんは弁当の受け渡ししか接点が無い人も多いので」。
利用者からのお礼がきっかけ
毎朝6時、北原さんは手紙を書くために、一人パソコンに向かいます。調子が良ければ15分、筆が乗らない時は30分以上かかることもあるそうです。始めたきっかけは開業から2年が経った頃の出来事でした。「ある利用者さんから配食へのお礼の手紙をもらいましてね。なんかうれしくて返事を出したら、さらに返事が来て交換日記のようなやり取りが続いたんです」。徐々に書くことがなくなり、最近見聞きした話題を書き始めました。するとスタッフから「面白いから他の利用者にも届けたら」と。
温かな感情の循環に
取材初日の8月7日。この日の手紙は台風6号の動向から始まります。「九州に向かって北上しています。(中略)特に田主丸町は復旧作業に影響がないことを願います」と7月豪雨の被災地を案じた言葉に続いて、高校野球開幕の話題。「セレモニーでの山崎さんのアカペラ・・鳥肌が立ったのは私だけでしょうか」。出場校のプラカードを持つ生徒のことや選手宣誓にも触れています。
「毎日だからネタ探しは常に必死ですよ」という題材は、テレビやWEB、SNSなどあらゆるメディアから収集します。利用者は高齢者が多く、昔の風習や地域の伝統行事などが喜ばれるそう。「休日、妻の田舎に行った時にネタを探して歩きまわる、なんてこともありますよ」。
配達員から聞いた利用者の話題を採用することもあると言う北原さん。「とあるご夫婦の仲良しの秘訣とかさりげない介助の場面とか、何気ない日常の一コマです。私たちからの一方通行じゃなく、利用者さんからも話題をもらい、共有する。温かな気持ちが循環するようなコミュニケーションがいいですね」。
会話で変わる距離感
北原さんの元にはいろんな感想が寄せられ、時には「内容がおかしい」とお叱りが届くことも。「反応を寄せてくれていた人も、13年の間にずいぶん亡くなられて」。利用者の中には、介護サービスを受けず家族も遠方にいて、人と会ったり話したりすることがほぼない人も。「人が配達することが一つの付加価値。でも、話すのが苦手な人もいます。そこに手紙があると、コミュニケーションのきっかけにもなるんですよ」。
ここに北原さんが最も大切にしている距離感を埋める芽があります。手紙から配達員との会話が生まれ、利用者との距離は近づく。すると「異変」に気付く可能性が高まると、北原さんは考えています。
「先月のこと。呼び鈴に応答がなかったので、配達員が違和感を感じてノックし続けたら、奥の方からかすかに声がして。何とか救急車を呼ぶことができました」と振り返りました。
たかが手紙。されど手紙
先日、「この手紙を書いている人を探してほしい」と新聞社に投書があり、北原さんの手紙の取り組みが記事になりました。投書を送ったのは、福岡市の利用者夫婦でした。
「福島哲之祐さんと和子さんという90代のご夫婦なんですが、これを機会にご挨拶に行ってきました。哲之祐さんは文字が見えにくいので、普段から和子さんや娘さんが読んで聞かせているそうです。哲之祐さんは田主丸町出身で、先日被災した竹野地区の話題に触れた手紙に、『目を閉じて聞いていると、子どもの頃に遊んだ竹野の風景がありありと浮かんできたんです』と私に向き直りました。その瞬間『たかが手紙、されど手紙だな』と再確認しました」。
命のはかなさを実感しているから、日常のコミュニケーションを大切にしたい。北原さんの言葉の端々にその思いがにじみます。「今日は元気でも明日はどうなるか誰にも分からない。高齢になるとなおさら。だからこそ―」。
(担当・フトシ)
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